行政情報に積極的に触れる姿勢が大切

安倍政権から岸田政権までという一連の政権運営の中で怪しい支出が云々とか裏の繋がりが云々といった疑惑の目が国民から向けられることが多くなった。また、度重なる増税と国家予算が増大していくなかで、「私たちの税金は一体どこに使われているのだろう」という疑問が当然に湧いてくる。

怪しい支出、怪しい公共事業……色々あるだろうが、その何割かは私たちの“無知”に起因していないだろうか。すなわち、私たち人間はよく知らない事象や事柄に対して恐怖や不安を抱く生き物である。それがたとえ誰かの助けになっていたとしても“私”が知らないことは何となく怪しい、本当に大丈夫かなと思ってしまう。そうした「よく分からない」という感情がさらに政府への不信感を高める原因となっているということだ。

国家とは国民が豊かに安心できる生活の実現のためにある組織体である。政府(行政)は私たちに対して直接にその便益を提供し、そのために私たちのしもべとして働いているのである。政府は、私たちの日常生活や企業の事業活動のなかに生じる様々な課題を解決するために政策を立案し、法律を作り具体的な施策を実施している。彼らは「私たちはこのような課題を認識していてこのような施策を打ち出しますよ」という情報を発信している。官報*1、関係省庁のウェブサイトを通じて日々発信している。施策を実施し結果を整理分析したものが国会に報告されウェブ上に公表され、白書や報告書としてまとめあげられるという営みがある。

このような政府(行政)活動の営みを受けて私たち国民は何をすべきだろうか。政府がよく知らないことをしているから反対すればよいのだろうか。私たちの思った政策を実現してもらうために示威行為をすればよいのだろうか。はたまた、「直接関係ないし…」と関心を持たなければよいのだろうか。そのいずれも否定する気はないが、他にもできることはあると考える。

例えば、政府の政策を知ろうという態度を取ることがある。「政策を知りたいです」と言うことを指しているわけではなくて、実際に政府が公表する情報を摂取するという具体的行動を指している。この文章を読んでくださっている方は一度でも首相官邸のウェブサイト*2を見に行ったことがあるだろうか。
あのサイトは優秀である。総理大臣の記者会見の内容や各省が公表している最新の情報を横断的にまとめられているので、手始めに情報を探す際にアクセスすべきである(もっとも、全ての情報が集約されているわけではないので、細かな更新情報は各省庁のサイトにて確認する必要がある)。

あるいは、これを読んでくださっている方が働いている方であるならば、その業界の関連政策に多少なりとも興味を持っていると推察されるが、その業界に関連する政策について調べてみることも行政上に積極的に触れる態度といえるだろう。よくネット上で話題となるポンチ絵も含めて、非常に詳しく簡潔な資料が多数ウェブ上にアップロードされているので読んでもらいたい。

傍論だが、「ポンチ絵」というのは、元来、物事を面白おかしく描いた風刺絵のことを指していた。歴史の教科書で出てくる土地を分割している絵とか川辺で釣りをしている絵とか様々見たことがあると思うが、ああいう絵のことだ。それが転じて、ある物事を分かりやすく示した図表のことを現在はポンチ絵と呼ぶようだ。
行政が作るパワーポイントの資料は、あの一枚で各ステークホルダーが見ても正確に重要なことが理解できることに重きが置かれている。図を使いながら細かく文字を挿入しながら作られているあの資料は、なんだかんだ言って必要な情報を拾い上げることができるのであるから必要な不可欠な資料といえるのだ。

話は逸れたが、政策をざっくりと知りたい時には図表の資料を、少々時間があって細かく知りたい場合には文章主体の資料をそれぞれ読み込んでいけば、政府がどのような施策を実施してどういう将来に導いていきたいのかが見えるというわけだ。

そこまで来た時に、私たちは初めて政府(行政)の活動に対して賛成・反対の評価を下すことができるのではないだろうか。ここで言うまでもないが、私たちが最も恐れるべきは他者の所為ではなく無知である自分自身である。政府は必要な情報を大衆に示しているにもかかわらずそれに見向きもせずに受動的に届く情報のみに目を向けて判断することの怖さを知ってほしい。

メディアが報道する情報が全てではない。報道というのは、少なからず発信する者の意図が介在する。むしろ、無味無臭の事実に対して公衆にどのような感想を持ってもらいたいかを導くのがジャーナリズムの仕事であろうと私は思う。しかし、公衆の側としてそういったことを目を配らず事実と意図を判別できずに混同して摂取してしまうことには危機感を抱く。私たちにとって重要なことというのは、事実と意図とを区別する能力である。メディアの情報を受け取った時には、まずは事実と意図とを区別した上で、ある事実のメディアを通じた理解と他の切り口がないかを探してみる。こうした意識を持つ必要がある。

私たちが日々受け取っている情報を自分自身の視点で見て考える事をするためには、まず事実の全体にあたる。政府に関するもので言えば、政府が公表している情報を見てみるということを大切にしてほしい。

ここまでざっくばらんに書いてみたが、伝えたいことは①メディアが報道する視点で事実のすべてではないということと、②自ら積極的に政府が公表する情報に当たってみることが重要であるという2点である。

個人的には、ほぼ全ての人が関係するであろう「消費者」としてのあり方というのを政府が公表する資料から探ってみたいと考えている。日頃の商品やサービスを享受するなかで私たちが企業や社会に対してどう振る舞うべきか考えてみても面白いと思う。もしこのあたりのことを書きたくなったら共有しようと思う。

*1 発行日から90日間インターネット上で閲覧することができる。  https://kanpou.npb.go.jp/index.html
*2 https://www.kantei.go.jp

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